こんにちは。ダディです。
最近見つけた女性シンガーの愛探眼影(アイサガスアイシャドウ)なんですけど。
インスタのフォロワーが50万人を突破したらしく。
昨日の22時から23時でインスタライブをするというじゃありませんか。
ファンとして、是非リアルタイムで見たい。
で。
すっかり忘れていました。
という事で。
終わってから思い出して、アーカイブを見ています。
見ている人達は、みんな「ぽくぽく」が好きなんですね。
これね。
「ぽくぽく」は可愛いんですけどね。
このエクスカーズベルベットの良いところは、ポクポクじゃねぇんですよ。
選ばなかった今が全部呪いになって「絶対許さない」って降り注ぐ雨の夜
君と笑う今が僕の光になった
臨界する季節に呪をまた紡ぎ呪われる死ぬまでずっと
このサビの歌詞が至高なんです。
うわぁ。
思っていることを文章にするのが面倒くせぇ。
でも、ちょっと頑張ってみよう。
「選ばなかった今」というのは「あの時に、こうしていたら(今とは)違ったかもな」という、選択し得た過去。
あ、やっぱ、面倒くせぇわ。
でも、ニュアンスは伝わりましたよね?
「あの時、こうしときゃよかったわぁ。」って後悔は、誰しもあると思うんです。
でも、今で良かったと思えるのは「君と笑う今」があるからで。
過去の後悔も、これから生まれる後悔も、全てが呪いになって自分に降り掛かってきて、それが一生続いても。
君が居てくれるなら、後悔に呪われても構わない、受け入れて行けるって感じ?
ん?
なんか違うねぇ。
まぁ良いや。
僕が一番好きな曲は、エイクスです。
「味わった極彩色の痛みは古い掃除機のコードにある赤い線みたいにギリギリを教えてくれた」
いやいや、古くなくてもね。
コード式の掃除機には、黄色の線と赤い線があるんです。
赤い線は「ここまでよ」って教えてくれるんです。
ギリギリですよね。
限界値です。
「じゃあ、黄色、要らなくない?」と思った人、いるでしょう?
黄色が1番重要なんです。
コード式の掃除機を使う時は、黄色の線が出てくるまで、配線を引き出しておかなければなりません。
黄色の線まで配線を掃除機から引き出して使わないと、ダメなんです。
なぜダメなのか。
説明するのが面倒くせぇ。
というか、掃除機ネタは置いといて。
エイクスの歌詞の美しいところは、痛みをテーマとして構成された文章で。
他愛のない身体的な痛みを列挙した後に、別次元のような途方もない痛みがあった事を彷彿とさせます。
その痛みは、きっと身体的なものでなく、心理的な痛みでしょう。
それも極彩色という何度も塗り重ねて仕上がるような、幾重にも積み重なる痛み。
その痛みは「これ以上はお前、終わるぜ?」と、限界を知らせてくれた。
きっと、この「お前、終わるぜ?」は「お前がお前でいられるのは、ここまでだ。」ということだと思っています。
多くの痛みを忘れてしまうけど、少し忘れられない痛みがあるんです。
それは自分自身に対して「ここが限界だ」と示して守ってくれる。
まるで御守りのような存在になっているです。
心に特大の針として、今もなお突き刺さっているのに。
きっと、痛烈な恋愛をしたんだと思うんですよね。
「これ以上、辛い思いを我慢すると、自分が自分ではなくなってしまう。」と、何度も我慢を強いられるような辛い状況だったと思います。
そんな経験をしているのに。
「あの月を描いて、痛み浴びて、見上げる目元にはアイシャドウ。」
この「あの月を描いて」は、きっと、愛を探しているんだと思います。
「痛みを浴びながら」愛を探しているんです。
愛されたいと願っているんです。
他者からの愛を求めると、高い確率で痛みを伴いますよね。
その痛みを浴びてもなお、愛を求めてしまうんです。
とても淋しげで健気な女性を思わせる歌詞だと思います。
「あの月を描いて」が、なぜ愛を探していると思ったのか。
それは、この曲を歌っているのがアイサガスアイシャドウだからです。
とても素敵な曲ですよね。
僕もコレくらい、愛を探してもらいたい。
誰かに愛を探してしまうくらいの「誰か」になりたい。
まぁ、僕に無理ですけどね。
だって、その「誰か」になる条件は、基本的に。
イケメンに限る。
コメント