僕の前職場に一回り程年齢の違う子が入社して、昔話を例え話に使ったところ「昔話、知らないです。」と言われました。
こと子供の教育に関しては各家庭それぞれに方針などあるのでしょうが、日本の昔話を聞かせない事は僕には考えられませんでした。
ただ、そうは思っていても。
僕達親が子供に聞かせなければ、この昔話は語り継がれることはありません。
僕は長女の為に昔話が数話収録された絵本を買いました。
各話とも僕の幼い頃に聞いた内容と大きな相違はなく、物語に違和感なく感情移入してしまいました。
読み聞かせ初回。
数話ある内、笠地蔵を初めて読んだところ。
大晦日にお婆さんから「紡いだ糸を売って米と魚を少し買ってきてくだされ」
と言われ、お爺さんは町に糸を売りに行きます。
結果、売る事は叶わず。
菅笠(すげがさ)売りの厚意により、糸玉は菅笠5個に物々交換となりました。
帰り道、地蔵に笠を被せまして帰宅。
お爺さんはお婆さんに伝えます。
「糸は売れんでのう。菅笠と交換したが、帰り道にお地蔵さんが寒そうに立って居ったから、全て被せてしもうた。だから、何も無い。」
初見。
僕は文字を目で先に読み、音読する。
「何も無い。」を音読した直後に。
お婆さんの台詞が、僕の心を貫いたのです。
「それは良い事をなさった。糸はまた紡げば良いし、笠も役に立ちました。」
このお婆さんのお爺さんへの信頼に満ちた言葉に、僕の音読する声は震え、溢れる涙を抑える事が出来ないまま。
子供の前で泣きながら、物語の終盤に地蔵が褒美を持ってくる辺りを読んだのです。
皆さんはお婆さんと同じ事ができますか。
配偶者に「今晩の食事の材料」の購入を頼み、手ぶらで帰ってきて
「地蔵に貢ぎました、サーセンw」と言われて。
良い事しましたねとか、言えんでしょう。
「てめぇ貴様この野郎!米は?!なんしよっそかっちゃ!」
って、普通ならこう言いますよね。
でもお婆さんは違ったんです。
自分が紡いだ糸を、もしかしたら酒に換えて一杯引っ掛けちゃったかもしれないのに。
そもそも町へ売りに行かず、山に投げ捨てて昼寝して「sorry,sorry,so sorry♪」と帰ってきただけかも知れないのに。
他人の優しさを信じる事。
これ程困難な事は、この世にありません。
昔、漫画で読んだ事がります。
フルーツバスケットです。
「優しさとは、人が持って生まれるものではない」と。
「元来人は食欲や物欲等の欲しか持たずに産まれてくる。優しさや思いやりは、生きて行くなかで獲得するものだから、これは人それぞれの形となる為に誤解されたり、偽善と思われたりする」
「だから透は信じてあげな。疑うことは誰にでもできる簡単なことだから、透は信じてあげらる子になりな。それはきっと、誰かの力になる。」
お婆さんの信じる気持ちは、お爺さんの力となっていたに違いない。
誰にも理解し得ない善行を、現実笠を被されたお地蔵さん以外に証明することは出来ない事象を、お婆さんは信じたのです。
これは、きっと。真実の愛です。
凍てつく氷の魔法を溶かす程の。
そして思いました。幾度となく、心無い悪党に騙され利用され搾取された、お爺さんの過去を。
「あぁ、やっぱりまた騙されたのかも知れないね。」
その言葉に「貴方がそれで良いと思って行ったのなら、良いじゃないですか。」
「本当に困った人が居たなら、見過ごさずに手を差し伸べる事が出来る人が、素敵だと思いますよ。」
そんなやり取りが、あったんじゃないかと。
そんな心持ちで就寝したのです。
感動は何処
数回読むと初回の感動も消え失せ、新たな側面と対峙することになりました。
あなたなら、どうしますか。
大晦日に「私の紡いだ糸を、米と魚に替えてこい」と言われたら。
どう思いますか。
鶴が自らのは羽を織り込んだ布は、当然高く売れます。
お婆さんは?
なにか特別なものを糸に捩じ込んだのでしょうか。
否。
糸を紡ぐ道具があったとはいえ、お婆さんが紡いだ程度の糸です。
申し訳ないが、僕は町で売る事は出来ません。
この糸と、米と魚を交換する為に、皆さんは何ができますか。
きっと僕は。
土下座しか出来ません。
僕なら。
「この年の暮れ、我が家には米も魚も御座いません!妻の紡いだ糸玉しか御座いませんが、どうかっ!米と魚をっ!わたくしめに、私共家族に、分けて頂けませんでしょうかっ!」
多分、道を挟んだ正面のお宅ならシーホークやヒルトンの食事券とか貰える気がします。
ご近所を同じ手法で廻れば廻る程、米や魚、野菜に果物、酒にお菓子など、グレードアップしていくと思います。
愚直な爺さんは糸を米と魚に換えようと、大晦日に町を彷徨います。
「糸やぁ~、糸は要らんかねぇ~。」
と。
申し訳ない。
本当に申し訳ないが。
爺さん、その糸は、要らん。
きっと反物を扱う商店で、それよりも良い物が安く手に入る。
皆、そう思っていたに違いない。
お婆さんの鬼ミッション、クリア叶わず。
菅笠売りの厚意に触れるも、地蔵トラップに掛かり敢え無くフィニッシュ。
何故そこで菅笠を魚屋に売ってこないのか。
魚屋に「魚1匹と米を1合、菅笠と交換してください。」と言えば、解決したと思います。
まぁ、結果オーライだったから良かったものの。
僕は妻に言いました。
「俺はさ、自分が紡いだ糸を売って、米と魚買ってこいとか言う女と結婚したくねぇわ。」
すると妻に言われました。
「私は大晦日に米や魚くらい用意出来ないような男とは結婚したくないわ。」
あぁ。そっか。お婆さん、鬼嫁かと思ったら。
全部、爺さんのせいだ。
そして僕は。
家族のために頑張って働こうと思いましたとさ。
めでたし、めでたし。
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