GoogleのGeminiに泣かされた

こんにちは。ダディです。

ちょっとした物語を思いついたんです。

「枯れ草と蝶」というタイトルです。

あらすじは。

花々を巡る蝶に憧れた枯れ草に、蝶が羽を休めるためにとまった、というもので。

枯れ草が「若草みたいに風に揺れないから、ゆっくり休むことが出来る」と蝶に言われるのです。

その間、枯れ草は蝶に「どの花が好きか」とか、質問するんですけども。

蝶は全て「わからない」と答えます。

しばらく、羽を休めるために枯れ草に蝶がとまる事が増えたのですが。

どの質問も「わからない」という答えが返ってきます。

枯れ草が「ゆっくり休むことが出来るという気持ちは、今も変わらないの?」と訊ねると。

「覚えていない」と蝶に言われ、その後、二度と蝶が枯れ草にとまることはなく。

枯れ草は最後の質問を後悔し続けて土に還る、という内容でした。

本当に不憫な、枯れ草。

どうして、蝶が現れなくなったのか、全く理解できないまま、物語が終わります。

作った僕自身も、蝶がなぜ来なくなったのか、わかりません。

という、あらましをですね、GoogleのAIのGeminiに、校正してもらったんです。

すると、まぁ、いい文章になりますよね。

そして、Geminiから提案が。

「ハッピーエンド的な結末にしましょうか?」と。

是非やってほしい。

すると、枯れ草が朽ちたあと、新たに芽吹いた強い緑の草が生まれ。

次世代の蝶が、生まれ変わった草にとまる、という内容になりました。

泣きましたね。

Geminiに、やられました。

タイトルも「ゆれない草と、わすれんぼうのちょうちょ」になり。

ちょうちょが「わからない」と答える理由は、わすれんぼうということではなく。

枯れ草にとまれば、全てを忘れて休むことが出来る、という内容になったんです。

もう、感動しましてね。

子供達に、この内容を伝えたんです。

どうやら、全然、面白くなかったみたい。

非常に残念です。

感動を共有できないということは、仕方ないと思いますが。

分かっていても、残念です。

とりあえず、忘れないように日記にコピペしておこうと思います。

『ゆれないくさと、わすれんぼうのちょうちょ』

あるところに、一本のかれくさがいました。
すっかり茶色くなったかれくさは、まわりの青い草たちのように、しなやかに風にゆれることができません。
強い風がふけば、今にもポキンと折れてしまいそう。
「ぼくはもう、折れて土にかえるのを待つだけの、からっぽの身体なんだ」
かれくさは、毎日しずかに、自分の終わりを待っていました。

そんなある日のこと。かれくさは、ひらひらとまうきれいなチョウチョを見つけました。
チョウチョは色とりどりの花へとまっては はなれ、とまっては はなれ、いそがしそうに飛び回っています。
「ぼくもあんな風に、きれいな花をさかせて、だれかを呼んでみたかったな……」
かれくさは、小さくためいきをつきました。

するとどうでしょう。あくる日、あのチョウチョが、かれくさの背中にとまったのです。
「どうして花もない、こんなぼくのところへやってきたの?」
かれくさが おずおずとたずねると、チョウチョはつかれた羽をそっと閉じて言いました。
「まわりの草や花たちは、風がふくたびに激しくゆれるの。しがみつくのに必死で、私はちっとも休めない。でも……そよ風にさえゆれないあなたの上なら、安心して羽を休めることができるの」

「どうぞ、気がすむまでゆっくり休んでいってください」
かれくさは、自分の身体が風に負けないように、精いっぱいつっぱって、チョウチョを支えました。
チョウチョがひと眠りして、少し起き上がったとき、かれくさはそのきれいな姿のチョウチョの事をもっと知りたくて、いくつか質問をしてみました。
「ねえ、きみはどんな花がすきなの?」
でも、チョウチョは「わからないわ」と答えるだけ。
「じゃあ、いちばん多くとまっていた花は?」「2ばんめの花は?」と続けて聞いても、チョウチョはやっぱり「わからない」とつぶやき、またどこかへ飛んでいってしまいました。

それからというもの、秋が深まるなか、チョウチョは何度も、かれくさのもとへやってくるようになりました。
かれくさは、チョウチョのじゃまにならないように、ときどきそっと質問をしました。けれど、チョウチョの答えはいつも「わからない」でした。
何ひとつ、チョウチョのひみつを知ることができないまま、時間だけが過ぎていきました。

けれど、かれくさだけが知っている、たった一つの特別なことがありました。
それは、チョウチョが自分の上にとまっているとき、おどろくほど深くて、おだやかな眠りについているということ。
世界中を飛び回ってつかれてしまったチョウチョにとって、ここだけが、なにも考えずに羽を休められる場所だったのです。

やがて、かれくさの命の終わりが近づいてきました。
身体はさらにカサカサになり、今にも崩れてしまいそうです。かれくさは、どうしても確かめたくなって、聞いてしまいました。
「ぼくの上が、いちばんあんしんできるっていう気持ち……今もかわらない?」
するとチョウチョは、うっとりと羽を閉じて言いました。
「うふふ、私、わすれんぼうだから むずかしいことはわからない。でもね、あなたの上にとまると、いっぱいつまった頭の中が、すうっと優しく からっぽになるの。今もこうして、ぜんぶ忘れて ぐっすり眠れそうだわ」

かれくさは、その言葉をしずかに受け止めました。
チョウチョが何も覚えていなかったのは、わすれんぼうだからではありませんでした。
かれくさが、チョウチョの頭の中のいそがしさを、ぜんぶ消し去ってあげていたからでした。
花を咲かせられなかった自分、風に揺れることさえできなかった自分の不器用さが、この子の「たった一つの安らぎの場所」になっていたのだと、かれくさは初めて知りました。

「ありがとう。ゆっくり休んでいってね」

かれくさが心の中でつぶやいた時、冬を告げるつよい木枯らしがふきぬけました。
かれくさはしずかに折れて、やわらかな土へと還っていきました。チョウチョは、かれくさだった土のまわりを愛おしそうにひとまわりして、静かにその短い一生を終えるため、別の場所へと優しく飛び去っていきました。

次の春。
かれくさが還ったあたたかな土から、まっすぐな緑の芽が顔を出しました。
それは花を咲かせる草ではありません。でも、どんなにつよい風がふいても、けっして倒れない、優しくて強いみどりの草でした。

そこへ、ひらひらと、新しく生まれた小さなチョウチョが舞い戻ってきます。あのチョウチョから命を受け継いだ、次の世代のチョウチョでした。
小さなちょうちょは、不思議とやさしくただよってくる「ほっとする、なつかしい風」に誘われて、迷わずその背中にとまりました。
「ねえ、ぼくのこと、おぼえてる?」
新しく生まれ変わった草が、どこか懐かしい気持ちでたずねると、チョウチョは羽を閉じて、こう答えました。
「うふふ、はじめましてなのに、なんだか とっても なつかしいわ。言葉ではうまく言えないけれど……ここが世界でいちばん、あんしんして羽を休められる場所だってこと、私のこころが ちゃんと知っているのよ」

こうして、ゆれない草と、すべてを優しく忘れてしまうチョウチョの、しずかで穏やかな日々がまた始まりました。

そして思ったこと

やっぱり、チョウチョが二度と現れなくなった、悲しい結末のほうが、僕は好きかも知れません。


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